紀伊国屋さんありがとう

 過日、所用で外出したついでに、ある大型店に立ち寄りました。広い店内を歩いていると、テナントの本屋さんがあったので覗いてみました。文庫や新書が好きなわたしは、そのコーナーの所へ行って、眺めてみました。このジャンル、出版各社の個性があって、書名を追っているだけでも楽しいものです。見ているうちに、気がつきました。各社ごとにならべられているのですが、ないんです、あれが、「岩波文庫」「岩波新書」が。硬派の雄ともいうべき岩波書店の看板でもある「文庫」「新書」がただの一冊もないのです。愕然としました。

 なにやら、この本屋さんの価値観なのだろうか、それとも、売れ筋しか置かないという徹底した合理主義なのか、自問しつつお店を後にしました。

 それからしばらくして、やはり所用の帰途、少し時間があったので横浜駅東口、「そごう」に店を構える紀伊国屋書店さんに立ち寄りました。わたしはまたまた、文庫、新書コーナーにまっすぐ向かいました。よほど好きなんですね。各社のものを例によって楽しく眺めるんですが、うれしいのは、ここには岩波さんがばっちり並んでいることです。各社ともに、個性的なコンセプトで文庫、新書を出していて、おもしろそうなものはもちろん多くありますが、岩波さんのものは、わたしにとって特別といえましょう。読者にこびない、古今東西の古典を網羅するという趣旨では頑ななまでのものがあるように見えます(もちろん、そうはいっても、他社が必ずしも読者にこびているというわけではありませんが)。それだけに、書名を追うだけでも刺激的です。不勉強なわたしなどの読んだことのない本がズラリと並んでいます。

 もっとも、この種の本はベストセラーでさわがれることも少なく、営業的にみればマイナーであろうことは想像に難くありません。でも、このような書物を出版する会社もさることながら、それを取りそろえ、並べる書店さんも並大抵ではなかろうと思います。それだけに、それをしてくれている本屋さんに、その良心に感謝しないではいられないのです。