失われつつある自然環境

          武蔵野のたたずまい(埼玉・所沢近傍)
          武蔵野のたたずまい(埼玉・所沢近傍)

 しばらく前に、筆者と年齢の近い姉と昔話をしていました。自然豊かな長野県・伊那地方が郷里のわたしたちは、こども時代、野や山でずいぶん遊びました。その思い出は、かけがえのない財産です。

 わたしたちがいちばん懐かしく思い出すのは、水田地帯を流れる用水路に、よく雑魚(ざこ)とりに出かけたことです。細い竹ひごを編んで造った「せせり」と呼ばれる道具、半円形におりまげた木や竹に、丈夫な糸で編んだ網を取り付けた「ふたつ網」と呼ばれる道具をもっては、小川に行ったものです。いずれも、狭い水路用の漁具で、それを一人が水路をふさぐようにセットして動かないように抑えています。もう一人がそこから数メートル上流で小川にはいり、左右の足を上手に使って漁具のところまで魚をおっていきます。追い終わるや否や、せせり(ふたつ網)を引き揚げるのです。すると、水草などとともにいろいろな魚が取れるのです。少し大きいものがはいると、網の中でパタパタとはねる、その手ごたえはかなり強く、それがたまらない興奮を与えてくれたものです。大雨で水かさが増したときなど、絶好のチャンスで、いつも以上に、フナやコイが取れたものです。田んぼから水があふれ、飼育されていた魚が水路に逃げ出すのです。嵐が近づくと、血が騒いだものです。

 あまりよく雑魚取りに出かけたおかげで、どこの水路はどんな水質で、どんな種類の魚がいるか、ほとんどわかるようになっていました。いまでも、用水路とそこを流れる水を見れば、どんな種類の魚がいるか、大抵見当は付きます。

 そのころの水田地帯の景観は、わたしたちの原風景として、脳裏に焼き付いています。しかし、それからまもなく、高度経済成長にひきずられながら、農村風景が激変して行きました。若い人々は、工業労働力として農村を離れ、地方の高齢化が始まりました。農家は、足りない人出を補うために機械化を進め、機械による耕作の効率化をめざして、従来の農地を整理統合し、コンクリートとアスファルトで囲まれた田畑が誕生して行きました。それとともに、田んぼに水を供給する水路も、コンクリートの味気ない川となりました。農薬の使用とあいまって、小川から魚影がたちまち消えて行きました。また、工場の近くの川はたちまち水質が悪化し、病気もちの魚が増えました。

 今日、農村に住む子供たちでも、どれだけ川で雑魚取りを楽しむでしょうか。本来豊かな自然環境に囲まれながら、もったいのないことです。

 「農業構造改善事業」という田畑の整理統合、効率化の陰で、取り返しのつかない農村環境の喪失が起こりました。効率化が悪かったとは思いません。しかしその際、川から魚を始めとした水生生物が絶えてゆくという、農村のかけがえのない環境の喪失に、当の農民、村人自身が無頓着であったことが、残念でなりません。

 しかし、失われたこのような環境の回復は可能です。生態系の回復の取り組みが各地でなされていることを耳にします。地道な取り組みによって、生物は帰って来ます。願わくは、このような動きが、全国的に起こって来ますように。日本の誇る、かけがえのない生態系が、もっと評価され、大きな取り組みの輪が質も量もともに広がりますように。