人をとうとぶ

わが家のアイドル-ユキ(腰に障がいがあります)
わが家のアイドル-ユキ(腰に障がいがあります)

 長年、菓子会社を経営し、家族的小規模企業から、年商40億のこの分野では中堅の企業に育て上げてこられた方とお話をする機会が先日ありました。御結婚して間もない頃、お父上が創立された会社が倒産し、大変御苦労する中で会社を再建し、人知れぬ努力を重ねて今日まで歩んでこられたとのこと。その御生涯を振り返って、人生で最も大切なのは、人と人の信頼関係を築くことだと述懐しておられました。あちこちで講演を依頼されると、「あいさつのできる人を育てる」ことの大切さを語るのだと言っておられました。あいさつは、人を人としてとうとぶ生き方の基本だということでしょう。半世紀、誠実に事業と人とに係わって来られた実績に裏付けられているだけに、心に深くのこるお言葉でした。

 あいさつをしても、確かに相手に聞こえているはずなのに、まったく返事が返って来ないという経験をすることがあります。まるで、こちらが目に入っていないかのようです。初めは驚きましたが、それは普通にあることのようです。あいさつされても無視する、人を人とも思わない、それは、人間として最低の状況だと筆者は思います。どんなに能力があり、成績が良く、仕事が多少羽振りがよくても、人を人としてとうとぶことを知らない人は、人間として最低です。

 ことは、あいさつだけではありません。人を外見や、能力や、性格、ちょっとしたハンディキャップなどで評価し、少しでも「フツー」でないと、からかいやいじめやそしりの種にする、軽視するなども、人を人としてとうとぶことからどれだけ離れたことでしょうか。そして、今日、大人の世界にも、子供の世界にも、こうした気風がかなり一般的になっているように思われます。

 筆者がかつて長野で牧師をしていた時に交流のあった先輩のことを思い出します。この方は、長く教育に携わった後、晩年、資格を取って牧師となられた方です。長身で気品の漂う方でした。しかし、わたしたち若い牧師たちとは、気取らないお付き合いをしてくださいました。たまたま、同じ委員会で仕事をした時期があり、親しくしてくださったのですが、あるとき御一緒に店で買い物をしました。レジで会計を済まし、レシートを受け取る時、この方は店員さんに向かってにっこりほほ笑むと、「ありがとう」と丁寧に挨拶するのでした。けれど、よく考えると、お店だけでなく、その日出合う誰にでも、彼は同じように微笑み、ちょっとしたことにも「ありがとう」と言っていたように思います。出合う一人一人を、彼はとうとんでいたのだな、と今更のように教えられます。自分も、少しでもそのように生きさせてもらいたいと。人を人としてうやまい、とうとぶ者でありたいと。